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聖ヨハネ騎士団よ栄えあれ!(Honor of Knights Hospitaller!!)

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from stpeterslist.com

 

巡礼者のための医療従事団から始まり、イスラムとの戦いに身を捧げるキリストの戦士の集団となっておよそ960年。
いまなおその名を世界にとどろかせる驚異の十字軍団がマルタ騎士団だ。

 

from medievalswords.ws

 

紋章から分かるように、騎士団の目的はキリスト教徒の保護にあった。
保護の手段は設立当初の医療行為から戦闘に変わった時もあったが、その際でも団の本分であるホスピタリティは忘れたことはなかったのだ。

聖ヨハネ騎士団(せいヨハネきしだん)は、11世紀に起源を持つ宗教騎士団。テンプル騎士団、ドイツ騎士団と共に、中世ヨーロッパの三大騎士修道会の1つに数えられる。

本来は聖地巡礼に訪れたキリスト教徒の保護を任務としたが、聖地防衛の主力として活躍した。ホスピタル騎士団(Knights Hospitaller)ともいい、本拠地を移すに従ってロードス騎士団、マルタ騎士団とも呼ばれるようになった。

現在の正式名称は「ロードスおよびマルタにおけるエルサレムの聖ヨハネ病院独立騎士修道会」(イタリア語:Cavalieri dell' Ordine dell'Ospedale di San Giovanni di Gerusalemme)である。

 

from art-girona.com

 

テンプル騎士団やドイツ騎士団が戦闘のみに特化した特殊部隊的な存在だったのに対し、聖ヨハネ騎士団、つまり今のマルタ騎士団は、医療行為も行う、こちらも特殊部隊的な騎士団として、その武名と勢威をヨーロッパと中東の地にとどろかせていたのだ。 
十字軍最後の砦であるアッコン防衛戦に敗れて中東から全面敗退して以後は、設立から200年に渡る中東の地での歴史に別れを告げ、地中海東部のロードス島にその本拠地を移す。そこで始まるのが、対岸のオスマントルコ帝国への熾烈なるゲリラ活動だ。 

馬を船に変え、イスラムの船を襲い、奴隷として漕ぎ手となったキリスト教徒を救い出すこと炎のごとし

もちろん略奪もしたのだから、もはや立派な海賊だ。

海賊騎士団の誕生である。

そんな騎士団の本拠地を叩くべく、スレイマン大帝は20万の兵を動員し、ロードス島に大攻勢をかけた。

そして半年に及ぶ熾烈な攻城戦の後、ついに島は陥落し、騎士団は騎士道精神にのっとったスレイマンの降伏勧告に従うこととなったのである。

 

from discover-rhodes.com

 

こうして騎士団のすべてが無事にヨーロッパに帰り着くこととなった。 

しかし団の存在理由はあくまでイスラムへの聖戦である。 その目的を貫くため、そして団の維持を図るため、時のスペイン皇帝カルロスにかけあい、マルタ島を譲り受ける。
こうしてついに団の名前は「マルタ騎士団」となったのだった。

新たな根拠地となったマルタでも、島を要塞化し、イスラムの海賊に捕らわれたキリスト教徒を救い、はたまた沿岸のアルジェリアまで遠征し、イスラムの町を襲った。

やがてその存在が再び目の上のたんこぶとなり始め、大帝スレイマンは再び大軍を繰り出すことを決意する。

オスマントルコの大軍を前に今度も騎士団は敢闘し、これを見事撃退することに成功する。 

再びその勢威はヨーロッパに鳴り響いた。

 

from fortress-books.com

 

しかし時は流れゆく

フランス革命を経て台頭したナポレオン一世の攻勢の前に、騎士団は闘うことなく降伏したのである。

それまでのヨーロッパでは考えられなかった国民皆兵システムによる兵士の大量動員、そしてそれによって可能になったヨーロッパを再び一つにするという大衆の熱気が彼らの剣を地に置かしめたのだろうか?

いや、もしかしたら、ナポレオンによって信教活動の自由を確約された教会側からの指示によるものなのかもしれない。

いずれにせよ、騎士団は再び大規模な戦いに従事することはなくなったのである。

その後、モスクワ、イタリアの各地へと団は転々とし、ついに1862年、ローマに本拠地を構えることとなる。 

そして現代。 

千年近くの歴史を誇る騎士団は、いまなおローマにあってその本部を維持し、その長い伝統通りに、団長を頂点とし、そのもとに一万人近い騎士が所属しているのである。

もちろん、かつてのような入団資格(貴族のみ)や聖戦の目的はないが。 

今回なぜマルタ騎士団のことを日記で取り上げたかというと、最近十字軍関係の書籍を読んでいて、この騎士団の存在が折に触れ書籍の中で取り上げられて、「騎士団の歴史」に興味を抱いたということ。


そしてそれに続く騎士団のその後の足跡をたどってみると、十字軍時代だけではなく、あの強大なオスマン=トルコ帝国相手にすら喧嘩を売り続けたという、筋金入りの戦闘根性に敬服したこと。

さらにその騎士団がいまだに存在しているという、信じられないほどの奇跡の事実にたまげたこと! 

だって960年ですよ、あなた。

 

from pinterest.com

 

千年近くも、その本質を大きく変えることなく現代まで保っているというのは、これはなかなか並みの組織では、あり得ることではありません。

宗教組織だからといえば話はそれまでですが、騎士団の苦難の歴史をたどってみると、およそ親分であるローマ・カトリック教会から十分な庇護を受けていたとは思えませんから(アッコン攻防、ロードス島攻防のときも、教会はまともな支援を騎士団に与えていなかった)、決して政治的な立場に恵まれていたともいえないのです。

むしろ商売のために動いた、通商国家ジェノヴァやヴィネツィアのほうが、よほど彼らに惜しみない支援していたと思います。

たとえそれが彼らの利益のためだったとしても。 

神への奉仕と異教徒への不寛容をモットーとしてきた騎士団の存在に異を唱える現代人も多いでしょうが、中世から近世まではそういう時代だったということ、対するイスラム側も海賊を使ってキリスト教徒を奴隷として、多数の一般庶民を誘拐していたことを考えると、彼らだけを一方的に断罪するのはフェアではないと思うのです。

純粋だろうと、単細胞だろうと、狂信的であろうと、一つの組織を千年近く続くかせるというのは、なまじかな意欲ではできないことですし、それこそ並々ならぬ駆け引きとか、永続させる努力と冷徹な判断力を必要とされてきたはずです。

それが他に行き場のない騎士たちの、自分たちが属する組織を維持させるための「あがき」だったとしても。

そのために汗をかき、血を流して、あまつさえ命さえ賭してきたのですから、今の自ら手を汚さないどこかの官僚とは偉い違いだと思うのですが。 

それにですな・・・・・・ 

自ら信じるもののために、全てを投げ打って戦いの荒野にいざ赴かん!というストイックなまでの「北斗の拳」的精神は、いつの世だって、

 

男の心を熱くさせてくれるじゃないですか!!!

 

常に少数精鋭部隊として敵の最前線に立ち続けることを運命づけられ、それを団の誇りとして、自ら進んで戦いの中に身を置き続けてきた、男の中の男の集団、いつまでも設立当初の変わらぬ熱い想いを持ち続けるキリストの奉仕者たち・・・・

マルタ騎士団に幸あれ!

 

 

マルタ騎士団:十字軍時代のパレスチナに発祥した聖ヨハネ騎士団が現在まで存続したもので、ロドス島(ロードス島)及びマルタ島における旧来の領土を喪失しているため国土を有さないが、国際連合にオブザーバーとして参加する主権実体(sovereign entity)でもある。団(修道会)事務局は、ローマ市コンドッティ通り68に置かれている。(公式サイト⇒http://www.orderofmalta.int/

   

The Amalfitan order and Amalfitan hospital were real "MAN OF THE MAN"

 

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